6月14日(日・主)年間第11主日【マタイによる福音書9・36~10・8】
「収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい。」
全文を読む・・ここをクリック・・

【マタイによる福音書9・36~10・8】

「群衆に同情する」

また、群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた。そこで、弟子たちに言われた。「収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい。」

「十二人を選ぶ」

イエスは十二人の弟子を呼び寄せ、汚れた霊に対する権能をお授けになった。汚れた霊を追い出し、あらゆる病気や患いをいやすためであった。十二使徒の名は次のとおりである。まずペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレ、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネ、フィリポとバルトロマイ、トマスと徴税人のマタイ、アルファイの子ヤコブとタダイ、熱心党のシモン、それにイエスを裏切ったイスカリオテのユダである。

「十二人を派遣する」

イエスはこの十二人を派遣するにあたり、次のように命じられた。「異邦人の道に行ってはならない。また、サマリア人の町に入ってはならない。むしろ、イスラエルの家の失われた羊のところへ行きなさい。行って、『天の国は近づいた』と宣べ伝えなさい。病人をいやし、死者を生き返らせ、重い皮膚病を患っている人を清くし、悪霊を追い払いなさい。ただで受けたのだから、ただで与えなさい。
***************************
聖書 新共同訳:マタイによる福音書9・36~10・8
©︎共同訳聖書実行委員会 Executive Committee of The Common Bible Translation
©︎日本聖書協会 Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

2026年6月13日

6月12日(金・祭)イエスのみ心【マタイによる福音書11・25–30】
「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」
全文を読む・・ここをクリック・・

【マタイによる福音書11・25–30】

「わたしのにちに来なさい」

そのとき、イエスはこう言われた。「天地の主である父よ、あなたをほめたたえます。これらのことを知恵ある者や賢い者には隠して、幼子のような者にお示しになりました。そうです、父よ、これは御心に適うことでした。すべてのことは、父からわたしに任せられています。父のほかに子を知る者はなく、子と、子が示そうと思う者のほかには、父を知る者はいません。疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである。」

***************************
聖書 新共同訳:マタイによる福音書11・25–30
©︎共同訳聖書実行委員会 Executive Committee of The Common Bible Translation
©︎日本聖書協会 Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

2026年6月12日

6月7日(日・祭)キリストの聖体(年間第10 週)【ヨハネによる福音書6・51–58】
「わたしは、天から降って来た生きたパンである。このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる。」
全文を読む・・ここをクリック・・

【ヨハネによる福音書6・51–58】

「イエスは命のパン」

わたしは、天から降って来た生きたパンである。このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる。わたしが与えるパンとは、世を生かすためのわたしの肉のことである。」
それで、ユダヤ人たちは、「どうしてこの人は自分の肉を我々に食べさせることができるのか」と、互いに激しく議論し始めた。イエスは言われた。「はっきり言っておく。人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、あなたたちの内に命はない。わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠の命を得、わたしはその人を終わりの日に復活させる。わたしの肉はまことの食べ物、わたしの血はまことの飲み物だからである。わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、いつもわたしの内におり、わたしもまたいつもその人の内にいる。生きておられる父がわたしをお遣わしになり、またわたしが父によって生きるように、わたしを食べる者もわたしによって生きる。これは天から降って来たパンである。先祖が食べたのに死んでしまったようなものとは違う。このパンを食べる者は永遠に生きる。」

***************************
聖書 新共同訳:ヨハネによる福音書6・51–58
©︎共同訳聖書実行委員会 Executive Committee of The Common Bible Translation
©︎日本聖書協会 Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

2026年6月6日

5月31日(日・祭)三位一体の主日(年間第9 週)【ヨハネによる福音書3・16–18】
「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。」
全文を読む・・ここをクリック・・

【ヨハネによる福音書3・16–18】

神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。御子を信じる者は裁かれない。信じない者は既に裁かれている。神の独り子の名を信じていないからである。

***************************
聖書 新共同訳:【ヨハネによる福音書3・16–18】
©︎共同訳聖書実行委員会 Executive Committee of The Common Bible Translation
©︎日本聖書協会 Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

2026年5月30日

5月24日(日・祭)聖霊降臨の主日【ヨハネによる福音書20・19–23】
「あなたがたに平和があるように」
全文を読む・・ここをクリック・・

【ヨハネによる福音書20・19–23】

「イエス弟子たちに現れる」

その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。そう言って、手とわき腹とをお見せになった。弟子たちは、主を見て喜んだ。イエスは重ねて言われた。「あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」そう言ってから、彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい。だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る。」

***************************
聖書 新共同訳:【ヨハネによる福音書20・19–23】
©︎共同訳聖書実行委員会 Executive Committee of The Common Bible Translation
©︎日本聖書協会 Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

2026年5月23日

5月17日(日・祭)主の昇天(復活節第7週)【マタイによる福音書28・16–20】
「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」
全文を読む・・ここをクリック・・

【マタイによる福音書28・16–20】

「弟子たちを派遣する」

さて、十一人の弟子たちはガリラヤに行き、イエスが指示しておかれた山に登った。そして、イエスに会い、ひれ伏した。しかし、疑う者もいた。イエスは、近寄って来て言われた。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」

***************************
聖書 新共同訳:【マタイによる福音書28・16–20】
©︎共同訳聖書実行委員会 Executive Committee of The Common Bible Translation
©︎日本聖書協会 Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

2026年5月16日

5月10日(日・主)復活節第6主日【ヨハネによる福音書14・15–21】
「あなたがたはわたしを見る。わたしが生きているので、あなたがたも生きることになる。」
全文を読む・・ここをクリック・・

【ヨハネによる福音書14・15–21】

「聖霊を与える約束」

「あなたがたは、わたしを愛しているならば、わたしの掟を守る。わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。この方は、真理の霊である。世は、この霊を見ようとも知ろうともしないので、受け入れることができない。しかし、あなたがたはこの霊を知っている。この霊があなたがたと共におり、これからも、あなたがたの内にいるからである。わたしは、あなたがたをみなしごにはしておかない。あなたがたのところに戻って来る。しばらくすると、世はもうわたしを見なくなるが、あなたがたはわたしを見る。わたしが生きているので、あなたがたも生きることになる。かの日には、わたしが父の内におり、あなたがたがわたしの内におり、わたしもあなたがたの内にいることが、あなたがたに分かる。わたしの掟を受け入れ、それを守る人は、わたしを愛する者である。わたしを愛する人は、わたしの父に愛される。わたしもその人を愛して、その人にわたし自身を現す。」

***************************
聖書 新共同訳:【ヨハネによる福音書14・15–21】
©︎共同訳聖書実行委員会 Executive Committee of The Common Bible Translation
©︎日本聖書協会 Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

2026年5月9日

5月3日(日・主)復活節第5主日【ヨハネによる福音書14・1–12】
「わたしは道であり、真理であり、命である。」
全文を読む・・ここをクリック・・

【ヨハネによる福音書14・1–12】

「イエスは父に至る道」

「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。わたしの父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる。わたしがどこへ行くのか、その道をあなたがたは知っている。」トマスが言った。「主よ、どこへ行かれるのか、わたしたちには分かりません。どうして、その道を知ることができるでしょうか。」イエスは言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。あなたがたがわたしを知っているなら、わたしの父をも知ることになる。今から、あなたがたは父を知る。いや、既に父を見ている。」フィリポが「主よ、わたしたちに御父をお示しください。そうすれば満足できます」と言うと、イエスは言われた。「フィリポ、こんなに長い間一緒にいるのに、わたしが分かっていないのか。わたしを見た者は、父を見たのだ。なぜ、『わたしたちに御父をお示しください』と言うのか。わたしが父の内におり、父がわたしの内におられることを、信じないのか。わたしがあなたがたに言う言葉は、自分から話しているのではない。わたしの内におられる父が、その業を行っておられるのである。わたしが父の内におり、父がわたしの内におられると、わたしが言うのを信じなさい。もしそれを信じないなら、業そのものによって信じなさい。はっきり言っておく。わたしを信じる者は、わたしが行う業を行い、また、もっと大きな業を行うようになる。わたしが父のもとへ行くからである。

***************************
聖書 新共同訳:【ヨハネによる福音書14・1–12】
©︎共同訳聖書実行委員会 Executive Committee of The Common Bible Translation
©︎日本聖書協会 Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

2026年5月2日

4月26日(日・主)復活節第4主日【ヨハネによる福音書10・1–10】
「門番は羊飼いには門を開き、羊はその声を聞き分ける。」
全文を読む・・ここをクリック・・

【ヨハネによる福音書10・1–10】

「『羊の囲い』のたとえ」

「はっきり言っておく。羊の囲いに入るのに、門を通らないでほかの所を乗り越えて来る者は、盗人であり、強盗である。門から入る者が羊飼いである。門番は羊飼いには門を開き、羊はその声を聞き分ける。羊飼いは自分の羊の名を呼んで連れ出す。自分の羊をすべて連れ出すと、先頭に立って行く。羊はその声を知っているので、ついて行く。しかし、ほかの者には決してついて行かず、逃げ去る。ほかの者たちの声を知らないからである。」イエスは、このたとえをファリサイ派の人々に話されたが、彼らはその話が何のことか分からなかった。

「イエスは良い羊飼い」

イエスはまた言われた。「はっきり言っておく。わたしは羊の門である。わたしより前に来た者は皆、盗人であり、強盗である。しかし、羊は彼らの言うことを聞かなかった。わたしは門である。わたしを通って入る者は救われる。その人は、門を出入りして牧草を見つける。盗人が来るのは、盗んだり、屠ったり、滅ぼしたりするためにほかならない。わたしが来たのは、羊が命を受けるため、しかも豊かに受けるためである。

***************************
聖書 新共同訳:ヨハネによる福音書10・1–10
©︎共同訳聖書実行委員会 Executive Committee of The Common Bible Translation
©︎日本聖書協会 Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

2026年4月25日

4月19日(日・主)復活節第3主日【ルカによる福音書24・13–35】
「二人の弟子が、エマオという村へ向かって歩きながら、話し合っていた。イエス御自身が近づいて来て、一緒に歩き始められた。しかし、二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかった。」
全文を読む・・ここをクリック・・

【ルカによる福音書24・13–35】

「エマオで現れる」

ちょうどこの日、二人の弟子が、エルサレムから六十スタディオン離れたエマオという村へ向かって歩きながら、この一切の出来事について話し合っていた。話し合い論じ合っていると、イエス御自身が近づいて来て、一緒に歩き始められた。しかし、二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかった。イエスは、「歩きながら、やり取りしているその話は何のことですか」と言われた。二人は暗い顔をして立ち止まった。その一人のクレオパという人が答えた。「エルサレムに滞在していながら、この数日そこで起こったことを、あなただけはご存じなかったのですか。」イエスが、「どんなことですか」と言われると、二人は言った。「ナザレのイエスのことです。この方は、神と民全体の前で、行いにも言葉にも力のある預言者でした。それなのに、わたしたちの祭司長たちや議員たちは、死刑にするため引き渡して、十字架につけてしまったのです。わたしたちは、あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました。しかも、そのことがあってから、もう今日で三日目になります。ところが、仲間の婦人たちがわたしたちを驚かせました。婦人たちは朝早く墓へ行きましたが、遺体を見つけずに戻って来ました。そして、天使たちが現れ、『イエスは生きておられる』と告げたと言うのです。仲間の者が何人か墓へ行ってみたのですが、婦人たちが言ったとおりで、あの方は見当たりませんでした。」そこで、イエスは言われた。「ああ、物分かりが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち、メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか。」そして、モーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明された。
一行は目指す村に近づいたが、イエスはなおも先へ行こうとされる様子だった。二人が、「一緒にお泊まりください。そろそろ夕方になりますし、もう日も傾いていますから」と言って、無理に引き止めたので、イエスは共に泊まるため家に入られた。一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。二人は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合った。そして、時を移さず出発して、エルサレムに戻ってみると、十一人とその仲間が集まって、本当に主は復活して、シモンに現れたと言っていた。二人も、道で起こったことや、パンを裂いてくださったときにイエスだと分かった次第を話した。

***************************
聖書 新共同訳:ルカによる福音書24・13–35
©︎共同訳聖書実行委員会 Executive Committee of The Common Bible Translation
©︎日本聖書協会 Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

2026年4月18日